ぼくらは毎日、何かを捨てて生きている

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    モナイ インフラちーむ
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ぼくらは毎日、何かを捨てて生きている

どうも。モナイです。
今回は、受け売りの話です(笑)

選ぶ=捨てる


私が大学に入学したときの、入学式での話。
学長が式辞でこんなようなことを言いました。

何かを選択するということは、何かを捨てるということ。
一つの可能性を選択するということは、他の可能性を捨てることと同意である。

細かい言い回しは全く覚えていないので、間違っているかもしれないのですが、意味としてはこんな感じだったと思います。

私は大学に入学した時点で、(事実上)もう他の大学に入学することはできない。
他の大学に入学していたら得られたかもしれない、人との出会いや将来の職業など、その可能性を捨てて今の大学を選んだ。

そういった選択は、過去無数に繰り返されてきており、すべての選択を経て今の自分ができている。
そしてこれからも、たくさんの選択の機会があり、またそこで可能性を減らしていく・・・。

選ばなかったもの、決めなかったものの中には、もう二度と選択できないことも多く、後戻りはできない。
その積み重ねが、人生なんだ、という意味で捉えました。

我々は、自ら選びながら、同時に多くのものを放棄している、ということなのでしょうか。

確かに・・・


それまで何かを捨ててきた感覚は無かったんですが、大学入学を期に一人暮らしを始めましたし、知っている友達が誰もいないような地域だったので、確かに何かを捨ててると言えなくもないなぁと思いました。

そう考えると、なんだか重い選択をしたような・・・でもあまり迷って生きてきた記憶もないし・・・。
不思議な感覚だったのを覚えています。

そして、当時から倍ほどの時間を経て今感じることは、現在までの人生は当時の自分からは思いもつかないものだったし、大学の友人やその後のたくさんの出会いが無ければ、私は今ここにいなかったと断言できる、奇妙な確信です。

当時の何気ない選択が人生を大きく変えているという事実。
あと何年、自分が生きられるのかはわかりませんが、きっと将来も、予想のつかない今を思うのでしょう。

今しかできないこと


学長の話を聞いてから、私は何かの判断で迷うと”今しかできないこと”を基準に選んできました。
なので、あくまで全体的な傾向としてですが、お金があればできることは、私の中では優先度が低めです。

私が常に”今しかできない”と感じるのは、人との関わり・出会いに関してです。
例えば5年前には頻繁に時間を共有していたけれども、今では連絡先も知らない、というのは本当によくあることです。

インフラちーむのスタッフも、今は毎日のように顔を合わせていても、いずれ時間を共有しなくなるときが訪れるでしょう。
それは喜ばしい別れかもしれませんし、そうではないかもしれません。
どちらになるかはわかりませんが、人生はそういうものなので、多くは私のチカラでどうにかできないことばかりです。
だからこそ、今関わっている人たち、自分に働きかけてくれる人たちを大切にしたい、と私は思ってしまいます。

仕事のチャンスも、めぐり合わせというものはあるもので、思ってもみないことが突然迷い込んでくるものです。
今までの仕事もそうでしたし、現在のちーむリーダーにしてもそうでした。

向いている・向いてないはあとで考えるとして、とりあえずやってみることで、人生が思いもよらない方向に転がることも多いです。

受け身なのか積極的なのか、自分でもよくわかりません(笑)
でも今は、楽しく仕事ができています。

大学で学んだことはほとんど覚えていませんが、入学式で学んだことは一本のブログネタとなって役に立ちました。
学長さん、ありがとう(笑)

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